ヴィゴツキーのZPDに対するコミュニケーションサイドからの視座
和泉敏之
学習者が1人では解決できない課題を他者と協同することにより解決の施しを行う際に、その学習者の発達レベルを少し超えたレベルの領域を、ヴィゴツキーはZPD(Zone of Proximal Development)と呼ぶ(Vygotky)。ただしこの領域は軽量測定が困難なため、不明瞭な概念と帰している。
そこで、コミュニケーションサイドからこの領域について考えてみる。今回、人間の認知(心理のシステム)からコミュニケーションを考える関連性理論を援用する。この分野はもともと語用論におけるGriceを批判的に継承する形で展開した経緯がある。よって、言語を中心としたコミュニケーションから人間の思考や発達について考える際のヒントとなりうる。
ZPD
/ \ 協同学習
学習者の発達 学習者の発達
従来のZPD観点について図式すると上記のようになる。
一方、関連性理論によるコミュニケーション図式で考えると以下のようになる。
学習者の心理システム
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関連性の原理 ⇒ ZPDの構築
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学習者の心理システム
関連性の原理とは、「人間の心理システムは発話に対して最適な関連性の期待をする」、「人間の心理システムはそれ自体関連性をバランスよく処理する特性を持つ」という内容である。これを踏まえて、複数の学習者が「学習のコミュニケーション」を行い、それが「学習のコミュニティ」を形成すると考えられる。そして、その心理システムと課題から相互作用を行った関連性の期待により、ZPDは変容しながら構築されると考えられる。
つまり、人間の発達も(もちろん多くの心理学は発達を変容的な概念としてとらえてはいるが)本質のような概念を軸にはせず、構築主義的な現象としてとらえる価値観がここには存在する。その結果、心理システムの相互作用により構築されるZPDは「学習のコミュニケーション」を通じて、「学習のコミュニティ」を構築し、やがてそれらが「学習の社会」を形成していくものだと考えられる。
さらに広い視点から考察を追加するために、ニクラス・ルーマンによる社会システム理論、パーソンズによる文化システム理論などと整合化させながら考察を行う必要がある。また、そもそもヴィゴツキーの社会文化的アプローチは、他者による自己の規定という命題が土台とされているが、これにはレヴィナスなどの現象学・倫理学から知恵を借りる必要があるかもしれない。そもそも、文化概念について整理を包括的に行ってから、社会文化についての考察が待たれる可能性もある。
参考文献
Sperber. D. and Wilson. D. 1995. Relevance: communication and cognition. Blackwell.
Vygotsky. L. 1986. Thought and Language. The MIT Press.