和泉敏之の質的研究会

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流動的な文化

2008年に執筆した卒業論文を発展させた小論をここに記します。

 

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流動的な文化 

 

 和泉敏之

 

 Pennycook(2021)などの英語支配に対する対抗理論は文化概念批判という極論に位置づけられた立場である。 Said(1979) が西洋の人々が東洋について 語るとき、自身に優位な表現を無意識的に行っているということを批判したことも理論的背景に包まれている。 人類学の世界ではかなり前から議論されてきた分野である。だが、単に英語支配に関して、英語支配者を批判(あるいは 否定)するだけでは思慮は不十分であろう。英語支配国家に住む市民も多様なバリエーションが含まれることなどについて考慮しなければならない。ここは理論的な考察という抽象的思考が必要とされるところである。人類学では文化を「ダイナミックな変容」を伴 う概念として位置づけるべきだとしている。変容はコミュニケーションによって引き起こされるであろう。

人類学者は考えよ。哲学者は歩け。

 では、コミュニケーションに関する哲学的論考である関連性理論を用いて考えてみる。まず、この世界にはなにも存在しないと想像してみてほしい。 目の前にいる人も自分が頭の中に作り出したイメージ(表象)である。 幽霊が見える人というのは、この表象の作り方が他者と異なる人なのではないか。目の 前の人が「今日は暇ですか?」と尋ねてきたとする。この発言も自分の頭の中に送られる刺激である。時間は本日最後の授業の直後とする。この刺激に対し、解釈を行うことでコミュニケーションは成立する。 すなわち、今日というのはこのあとの授業より後の時間をさすと解釈する。そしてこの刺激の意図は何かをともに行う予定であると解釈できる。 そして今日は暇かどうかを尋ねていると帰結する。 このような解釈において、頭の 無限の可能性から解釈したのでは、授業の時間に予定を入れる結末になってしまうかもしれない。 単に今日は暇かどうかという事実を尋ねててきたのでは ないことも自明である。このバランスが「関連性」である。頭の中 にて作られる表象がある程度形づくられたもの、すなわち認知環境が変化するためのバランスである。  

 いわゆる文化とはこの認知環境に集約される。つまり、コミュニケーション活動において、「パート ナーの言っていることがよくわからくてイライラしてしまう。」という状況に学習者を置く。そして何か しらのヒントで「相手の言っていることがわかった」という快感を与え続けることが相互文化理解教育 に最終的につながるということである。活動レベルよりも話者の活動参加者が互いに 「i+1」を表出 し合う人間関係と状況を築くということである。具体的な活動例の提案のために、「他者の言語によっ て学習が促進される」という「社会構築主義」やその思想が根源となる「ナラティヴ・アプローチ(相手に語らせる 語り研究)」を指導法に積極的に取り入れることも提案する。

 

参考文献

Pennycook. A. 2021. Critical Applied Linguistics. Routledge.

Said. E. 1979. Orientalism. Vintage.

Wilson. D. & Sperber. D. 2012. Meaning and Relevance. Cambridge.

竹沢尚一郎(2007)『人類学的思考の歴史』世界思想社